X2 Taishi's Diaryの最近のブログ記事
ついに明日はLIVE!
それもLAMAMA!!
気合入りまくりでメンバー一同みなさんのお越しをお待ちしています。
箱舟伝説
次の展開をメンバーで話す時間的余裕もないほど、KENZI脱退LIVEの盛況振りを受けすぐに次回LIVEが決まってしまった。そのため、後任のDrum探しは有無を言わさず急ピッチで進めなければならなくなった。期限も決まっているため心配された後任探しだが、LIVE後、初のスタジオ練習に是空の友人であるWATARUが参加し、問題なくFITしたため早々に後任は決まることとなった。KENZI時代のパワー&スピードから、しなやかさも加わった新たな「Ark Master」がスタートを切った。
しかし、同じ頃、新たなアクシデントが「Ark Master」を襲う。SOUJIが仕事の多忙さからバンド脱退を表明したのだ。まさに、次回のLIVEに向け走り始めた矢先の出来事であり、まったく予測していなかったため、メンバー全員のショックも相当に大きかった。この事態にメンバーへの相談は無理と考えたTAISHIは逸早く行動を起こした。LIVEの日程から新たなセッションによるメンバー探しを断念し、独断で、かつてのメンバーであるKATSUYAに連絡を取った。この数年の間にKATSUYAの状況は劇的に変化しており、バンドへ参加が可能であること、復帰に乗り気であることが確認された。TAISHIはすぐにメンバーにその旨を伝えた。メンバーの異論もなくKATSUYAの復帰が正式に決まった。オリジナルメンバーのKATSUYAの復帰によって大きな混乱もなく動き始めた。
Vocal 是空、Guitar TAISHI&KATSUYA、Bass TO-RU、Drum WATARU
そして、箱舟伝説の第二章が始まる。
しばらく安定した活動を続けていた「Ark Master」に、またもアクシデントが襲った。オリジナルメンバーで8年以上にわたってバンドのリズムを支えてきたKENZIが事情により脱退せざる負えなくなってしまった。LIVEが決まっていたため、それをKENZIの脱退記念LIVEとして行うことを決め、その先は白紙のままLIVEに臨むこととなった。皮肉なことにKENZIのLAST LIVEの効果もありLIVEは大盛況となり、かなりの高評価を得ることになった。
次の展開をメンバーで話す時間的余裕もないほど、KENZI脱退LIVEの盛況振りを受けすぐに次回LIVEが決まってしまった。そのため、後任のDrum探しは有無を言わさず急ピッチで進めなければならなくなった。期限も決まっているため心配された後任探しだが、LIVE後、初のスタジオ練習に是空の友人であるWATARUが参加し、問題なくFITしたため早々に後任は決まることとなった。KENZI時代のパワー&スピードから、しなやかさも加わった新たな「Ark Master」がスタートを切った。
あけましておめでとうございます!!
本年もバリバリ活動していきますのでよろしくお願いします。
あ~、このSTORYも完成しているはずだったのに・・・
ついに誕生
過去の経緯から難航するかに思われたKATSUYAの後任探しだが、意外にも早期に決まることになる。メンバー探しのセッションの中で、その広い音楽性と柔軟な対応が群を抜いていたSOUJIが参加することになった。
ここで、メンバーのほとんどがオリジナルメンバーでなくなったことと、TOURU、是空、SOUJIの加入で明らかに進化した音楽性を表現するためにバンド名の変更が是空から提案され、多くの候補の中から「Ark Master」と改名した。
バンド名の由来はそのものずばり「箱舟の主」、すなわち、「未来に導く音の箱舟の主」と言う意味である。前の名前とは大違いだ・・・
ここから、
Vocal 是空、Guitar TAISHI&SOUJI、Bass TO-RU、Drum KENZI
ここに「Shirley Temple」改め第一期「Ark Master」の快進撃が始まった。
やはり
安定した活動に向かうかに見えた「Shirley Temple」であるが、このとき、すでにVocal SHINJIは音楽性、方向性の違いに悩み始めており、数回のLIVEの後、脱退することとなってしまう。
すでに次の展開を目指していたバンドは逸早くメンバー探しのセッションをはじめ、圧倒的な存在感を持つVocal 是空をメンバーに加える。このことにより、活動が停滞するどころか、むしろ是空の行動力によって今まで以上に精力的な活動を行い始める。
そして、定期的にLIVEをこなしていった「Shirley Temple」であるが、数ヵ月後、オリジナルメンバーであるKATSUYAが以前からかかっていた病気療養のため脱退せざる負えなくなり、またも、安定的な活動を行えなくなった。
しかし、このとき、すでに次回LIVEが迫っていたこともあり、とりあえずこのLIVEは曲をTAISHIのみのギターにアレンジを変え凌いだ。ギターがTAISHIのみのLIVEは今のところこれ一度であり、今となってはかなり貴重なLIVEとなっている。
新たな流れ
SHIGE脱退によって活動停滞、さらには最悪のシナリオである再度の活動休止が心配されたが、KENZI、TAISHI、KATSUYAはたった1度の話し合い(実際には同じ思いを抱えていたことはうすうす感づいていたので確認しただけ)でバンド続行を決め、活動をむしろ加速させていった。
直後、メンバー探しのセッションからVocalにSHINJIの加入が決定し、その速度はさらに増し、ついにはBass不在のまま、「あくまでベースが見つかるまでの代用」と前置きしながらも打ち込みを取り入れてのLIVEを2004年に決行し復活をアピールした。
そして、この復活LIVEを見ていたTO-RUが感化され、一度は離れていたバンド活動を考えるようになる。最終的に結論を出すまでにさほど時間はかからず、本職は鍵盤であるにもかかわらずTO-RUはベースでの参加を表明する。TO-RUの参加によって、今までのROCK色に加え、TO-RUが持つClassicという要素も加え、新たな「Shirley Temple」を表現するにいたった。
再始動 そして・・・
活動休止から半年が過ぎたころ、活動休止後も行動をともにしていたKENZIとSHIGEのリズム隊は多くのセッションを経て「やはりギターはTAISHIとKATSUYA」との結論に到達する。KENZIは即座に二人に連絡を取り、スタジオで音を出すことを提案した。TAISHIとKATSUYAも条件付ながら了承した。そして、このスタジオ練習にて「完璧な感覚」を得た4人は「Shirley Temple」の活動再開を決めた。
しかし、数回の練習後、この復活計画の中心にいたSHIGEが活動ビジョンの違いから脱退する旨を伝えてきた。何度も話し合いが行われたが、結局、両者の溝は埋まらずSHIGEが脱退する事態となってしまった。
休止
その後、安定した活動を続けていた「Shirley Temple」であるが、2003年に入ると仕事の多忙さからKATSUYAが脱退せざる負えない状況となってしまう。当然のように「Shirley Temple」の活動も急失速せざる負えない状況となった。
そして、KATSUYAの後任探しが始まった。しかし、多くのセッションを繰り返すも、バンドを初期から支え続けたKATSUYAの代わりは簡単に見つかるわけもなく。「これ」と言うメンバーと出会えずに数ヶ月がすぎた。
SHIGE、TAISHI、KENZIは何度も話し合いを重ね、結果、「レベルを下げるくらいなら活動を休止」するとの苦渋の決断をした。ついに順調な活動を続けていたShirley Templeは活動をとめた。
試練から安定へ
このまま、順調に活動して行くと思われた「Shirley Temple」だが、この頃、Lucyは仕事の多忙さのため病魔に襲われていた。1st Liveは何とか気力で乗り切ったものの、直後、バンドを続けたいと言う本人の願いも虚しくドクターストップによってバンド脱退を余儀なくされる事態となってしまった。
1st Liveの高評価によって、すでに2nd Liveが決定していた「Shirley Temple」は、次のVocalを見つけている時間的余裕がないとの判断から、とりあえずBassのSHIGEにVocalも兼任してもらうことで急場を凌ぐことを決め2nd Liveに望んだ。しかし、これが予想に反して1st以上の高評価を得ることとなり、以後、「Shirley Temple」は、
Vocal&Bass SHIGE、Guitar TAISHI&KATSUYA、Drum .KENZI
の4名を中心に活動を続けることとなる。
尚、この時期、Vo探しは続けており、時折、Voが入ってのLIVEも開催されているが、TAISHIいわく「根性」がなくLIVE1回で脱退している。ある意味、この手のLIVEを見られた人はラッキーなのかもしれない・・・
動き出し
バンドは動きだしたものの、うんざりするようなメンバー探しの日々が続いた。1度のスタジオでわかるほど、箸にも棒にもかからないメンバーがほとんどで、時々、良さそうなメンバーがいても仕事との両立等、活動していく上での問題がクリアできずに数回の練習でバンドを去っていった。「これ」というメンバーに出会えぬまま、数ヶ月が過ぎた。そしてTAISHIは決断した。今まで相手の迷惑を考え避けてきた、一度はバンドを、音楽を去った旧友達に声をかけることを解禁した。しかし、予想通り多くの旧友達は「過去」であることを理由にバンドへの参加を断ってきたが、興味を示してくれたものが2名いた。今まで一緒にバンドを組んだことはないもののVocalとしてのハイトーンに魅力を感じていたLucy、TAISHIにとって「Shadow Low」、「A-STRIDE」等、何度も同じバンドで活動したことのある旧知のGuitar、KATSUYAの参加が決まった。うまく回り出せばすべてがうまく回るもので、時を同じくしてあれだけ苦労していた新メンバーとのセッションの中から、タイトな音とリズムの秀逸さでSHIGEの参加が決まった。まさに、あの決断から一気にバンドは動き出した。
Vocal Lucy、Guitar TAISHI&KATSUYA、Bass SHIGE、Drum KENZI
ここに初期メンバーが揃うことになった。初めて5人がスタジオで合わせたとき、今まで合わせて来たのとは明らかに違う一体感のようなものを感じていた。その感覚に間違いがないことを証明するように2000年6月「Shirley Temple」は異例の速さでフルオリジナル曲によるLIVEを行い、高評価を受けた。
バンド名の由来は、当時、TAISHI、KATSUYA、Lucyは良く飲み歩いており、TAISHI行きつけのBARで、TAISHIが箸休めに良く飲んでいたノンアルコールカクテルを見て、Lucyがつけたものである。
つづく